
「夜風」のカウンターで…
「ほら、また誰かが言ったの『50代の恋愛なんて気持ち悪い』って…。」
「50を過ぎたら、人を好きになっちゃいけないの?」
そんなことを口にして、苦笑いしていた女性がいました。うちのカウンターで、グラスを両手で包んでさ。

先日「50代の恋愛なんてさ…」と…
気持ち悪いとさえ思ってしまう男性に恋をした女性のお客さんがいましたよ。

50代恋愛なんて気持ち悪い――そう呟いたのは、彼のほうだった

……俺みたいな50過ぎた男が恋なんて、気持ち悪いよな
そう言ってグラスを揺らした男の顔は、照れでも後悔でもない、少し寂しそうな笑顔だった。
52歳。離婚歴あり。子どもとももう何年も会っていない。
彼は、長年“誰かを好きになる資格”すら、自分にはないと思っていた。
50代の恋愛なんて気持ち悪いとさえ思い込んでいた彼に、心を寄せた女性
結衣、35歳。6歳の息子とふたり暮らし。
毎朝保育園、毎晩仕事の持ち帰り、休日は溜まった家事――目まぐるしい毎日だった。
そんな彼女の心にふっと入り込んだのが、いつも静かで気遣いのある彼だった。

子どもが熱を出した日。新施策の社内ミーティング。
今朝子どもを母に預けて急いで家を出た心残りある中、彼女は平静を装いプレゼンを続けた。
しかしそれには限界があった…言葉が出ない…。
誰もが口を閉ざす中で彼だけが言った。

大丈夫、大枠はちゃんとできてる。落ち着いてこの施策のゴールを話してごらん
たったそれだけの言葉で、心が救われた。
「50代の恋愛なんて気持ち悪い」と自分を責める彼に、女性が見た優しさ
給湯室で、結衣がコーヒーを入れようとしたときのこと。
彼が黙って散らかったマグカップやティースプーンを洗い、誰に言われたでもなくカウンターを拭いていた。

「……誰かがやらないとね」
それだけ言って、笑うことも誇ることもしなかった。
それを見て、結衣は胸にある何かがきつくしめつけられるのを感じた。
こんなふうにある程度の地位のある男性がまわりに気遣えるのを、彼女は初めて見た気がした。
「50代の恋愛なんて気持ち悪い」――それは誰の言葉だったのか
「気持ち悪いと思われるかもしれない」
「自分が好かれるはずがない」
「恋愛なんて、若い人たちがするものだろ」
そう思い込んでいたのは、彼自身だった。
そして――少し前までの結衣も、同じだった。
離婚してから、“女”としての自分を封じ込めていた。
だけど、優しさに触れた心は、もう前には戻れなかった。
「50代の恋愛なんて気持ち悪い」――でも、その一言が心を動かした
ある日、結衣が少しうつむきながら言った。
それはいつものミーティング直後の数分…
おのおのが自分のデスクに戻る前のたわいもない会話からだった

今の季節の変わり目…うちの子どもの喘息がひどくて…
落ち着く時期になったら、外で食事でもどうですか?
彼は、一瞬動きを止め、それから笑った。
優しい、苦い、でも温かい笑顔で。

俺みたいなアラフィフに声をかけるなんて…
気持ち悪いくらいに思わなかった?

思いませんよ。どうしてそんなにご自分を下げちゃうんですか?
むすび:50代の恋愛は気持ち悪くなんてなく…

「50代の恋愛なんて…」って言葉
こんなにも人の心を縛るんですね。
鈴木は今夜の唯一の客のカウンターのあなたにむかって話した。
グラスを磨く手を止めて、少しだけ遠くを見るようにしながら。
彼のように、自分の年齢を恥じる人。
結衣さんのように、たった一度の離婚歴と日常の子育てと仕事の両立に悩む中、恋を望むなんてと自分を責める人。
でも――
誰かを気づかい、誰かに心を寄せることは、本来とてもまっすぐで尊い感情だ。
チェックポイント
恋愛は、若さの特権ではない。
むしろ年を重ねた人の恋は、言葉が少なくても深い。
触れない距離に、優しさがある。
見返りを求めない気づかいに、愛がある。
鈴木は、こう続ける。

「“気持ち悪い”というのは、誰かの目を気にしている証拠です。
でも、本当に好きになったとき、人は“自分がどう見えるか”よりも“相手がどうあるか”を考え始めます。
それが恋の始まりです。
……年齢に関係なくね」
日頃の「夜風」にはいろんな人がやってくる。
20代で恋に悩む人もいれば、60代で初恋のような胸の高鳴りに戸惑う人もいる。
鈴木は言う。

「だから、安心して。
50代の恋愛は――気持ち悪くなんて、ないんだよ」
そして、ひとつだけ…
チェックポイント
年齢じゃない。
“人を思いやる力”が、恋の資格なんです